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あとがきの変更点

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!!!あとがき
今ふりかえってみると、私が歴史や文化財に関心をもつようになったのは、宇陀中学に在学していた少年時代であった。
 亡母の恩師故伊達市太郎先生へ(花園大学名誉教授故伊達宗泰氏厳父)につれられ、宇陀の古文書や史跡を調査される老先生に感銘を受け、いつの間にか自分も歴史が好きになっていた。
 教職に従事することになって、遺跡や遺物に人類の歴史を問う考古学に興味をもち、それを物語ってくれる土器や石器などの考古資料を採集しはじめる。
 この資料が集積すると、謎の多い黎明期の歴史や文化について、その様相を明らかにできると思ったからであった。
 昭和六十年、三十余年間にわたって採集してきた考古資料は、一括して橿原考古学研究所の附属博物館が引き取ってくれた。
 そして、博物館では、岡崎晋明学芸員(現龍谷大学教授)が中心になって研究所の松田真一技師(現調査研究部長)らの協力で、「宇陀の縄文土器と石器」として『大和考古資料目録』の第13集と第14集に集録してくれた。
 お陰で、私が気にしていた縄文文化研究への一応の責を果すことができた。
 一方、子どもたちに歴史を教えてきた立場から、奈良県教育委員会の「大和路の文化財」の企画に参加し、香芝中央公民館の「歴史探訪講座」など歴史や文化財に関心をもつ一般社会の方々と接してきた。
 とくに、香芝町の広報『かしば』に連載した「ふるさとの歴史」は、一人でも多くの町民が、文化財のよき理解者になってくれることを念じて綴ったのであった。
 この「ふるさとの歴史」をとおして多くの香芝の方々と出会い、改めて地域の文化財や歴史に興味をもつ皆さんの多いことを知った。
 こんな皆さん方に接しているうちに、気楽に香芝の歴史を語り会い、新しい町づくりのなかに生かす仕掛人になればと思って本書の出版を決意した。
 「温故知新」の言葉を大切に思う皆さんの書架の片隅に置いてもらえるなら幸である。
 最後になりましたが序文を戴いた今は亡き恩師池田源太先生のご冥福をお祈りし、新訂版の出版にご協力を頂いた奥田昇君(二上山博物館)のご芳情に感謝したいと思います。
 また、口絵の地蔵菩薩立像は、香芝市五位堂の宝樹寺に祀られる私の好きな仏像である。
 私は、この御仏に、人生を見返りながら歩む大切さを、無言のうちに教えられているような気がしてならない。
 住職の中村隆宣氏に許を乞い口絵に掲げさせてもらった。

                                             小泉俊夫
 
                     合 掌